十川皓介「忘れがたき」その3 HIDECHAN! RADIO(ヒデチャン! ラジオ)

忘れたころにやってくる。「忘れがたき」
そりゃあ忘れがたい。
忘れがたき.png

脚本やら自分のセリフ覚えやら諸々の事から目をそらすためにキーボードを叩く。
そのために急に復活させた雑記コーナー。

十川皓介の「忘れられない思い出」的なのを綴る的な回顧録的なコーナー的な。
前回、前々回はこんな感じ。


今回は、そもそも「なぜポッドキャストなんてやってんのさ」の根本です。
それが
HIDECHAN! RADIO 
(ヒデチャン! ラジオ)
通称「ヒデラジ」
です。

知る人ぞ知る伝説的ポッドキャスト。だと思ってます。
「ヒデラジ」とは。
これは世界的に有名なゲームクリエイター、小島秀夫監督が自身のHIDEOBLOG内で配信してたポッドキャストです。
小島監督といえば「メタルギア」で世界中に名を知られている関西弁お茶目おじさんです。
「メタルギア」をやったことある人解る、あの人の独特の「お茶目さ」というか「ウィット」?「シュール」?
な感じ?が余すところなく垂れ流されている番組でした。

2005年から本放送。現在は配信してないのかな。
「DEATH STRANDING」(デスストランディング)が発売されたらまた復活してくんないな・・・

と、「お茶目さ」はもちろんのこと、まず言いたいのは、世界の小島、世界のメタルギア、世界のKONAMIがキッチリ望むポッドキャストなので、なんかもうそもそも「パワー」が違うんですよ。こういう事言うの良くないけど。

トップクリエイターがPRと趣味とマーケティングも兼ねてやってるポッドキャストです。面白くないわけがない。


2006年。「メタルギアソリッド3」の頃ですね。
高校生の十川少年。剣道部で丸坊主でした。
「ヒデラジ」に出会ったのは、闇営業で稼いだお金でPS2を買って「サブシスタンス」の発売日を待っていたころだったと思います。
その頃からラジオは好きだったのですが、ポッドキャストとはなんたるものなのかは理解しておらず、ネットサーフィンの末、
「メタルギア作ってる人がラジオやってる?録音?ネットで聞けるの?無料?」くらいの感じで再生したら、
「秀ちゃん誕生日」の回でした。名も知らぬオジサン、いやお兄さんが絶妙にに外れた音程で歌う聞いたこともないハッピーバースデーのお歌。
(調べたらyoutubeとかに上がってますね。懐かしかった)

僕は切ない内向的な反抗期だったので、大人の事は全く信用していませんでした。
ただ、このヒデラジの「インテリジェンスあふれるおふざけ」
がとんでもなくカッコよく思えたんです。
運の悪い事に身の回りで尊敬できる大人に出会えなかった僕は、遠くの関西弁のオジサンが初めて「尊敬できる大人の男」だったんです。
世界を股にかけ活躍し、作業の合間でラジオ収録。ピー音を入れながら軽妙にくだらない事をいいつつ、端々に感じるクリエイターとしての尖ったセンス。
話が前後するけど、「3サブシスタンス」やあの「4」が発売する前など、
戦場と化した現場をくぐりぬけている最中の小島監督のトークはビッキビキのバッキバキに尖っていた。

あと「ライジング リベンジェンス」の「リベンジオブコレP」のくだりは、小島監督の大人としての厳しさを目の当たりにした。

ものづくりをする人の心構え、一つのプロジェクトに対する姿勢、仕事人としてのありかた。

サラリーマン時代も、今でも僕の仕事の取り組み方は小島監督の言ってた通りにやってると思います。
もちろん親父やほかの上司に教わったものもありますが、ぶっとい大黒柱は小島監督の言葉でした。
ごめんよ、親父。


さらに、忙しいだろうに、「あの映画をみた」「あの本を読んだ」「あのバンドがスゴイ」の話がポンポン飛んでくる。
この辺もシビれた。周りの大人はパチンコの話かどこのラーメン屋がつぶれたとかの話しかしてないのに。

THEコジマヒデオ。

僕はアイドルに今も昔も憧れた事はないけど、僕にとってのアイドルそのものでした。気持ち悪いって?うるせ。

ラジオ内で話した事はHIDEOBLOGに丁寧に載っけてくれるので、(ヒデオブログニケイサイチュウ pi-pi)
僕は少ない小遣いで小島監督が買ったものをがんばって買ってた。
おすすめ映画はホラーが多くて結構困る。いやホント困ってた。(今でもツイッターでRTしたのがホラーモノだったりしてビクってなる)
よくわからないままUKよく聞いてた。
ハヤカワ文庫もスティーブンキングも小島監督に教えてもらった。
伊藤計劃も追っかけてた。後につらい気持ちになるけど。

高校を卒業して、サラリーマンになった僕は、大阪の本社で新人研修の日々。
周りはバリバリの関西弁で、僕は九州から出てきた小僧だ。
でも!
僕には小島監督からスピードラーニングしたヒデオ弁がある。
ヒデラジがなかったら僕はバイリンガルになれず、研修中、浮きに浮く事になっていただろう。
そんなこんなで小島監督のおかげで僕は早めに出世することになるのだが、それはまた別の話。


で。
仕事が辛くなってきたころ、まだまだ小島監督を追っかけていた。
仕事で車の運転中もウォークマンに入れたヒデラジを流していた。
サントラも2.5(ツーハン)も買った。
「頭金ゼロ!ゼロゼロゼロ・・・
トジーンの笑い袋本当に欲しかった。
「僕CDとかも作ってたんで・・・」


仕事が辛くて辛くて仕方がないとき、心を支えてくれたのはたくさんのラジオと、小島監督が教えてくれる、「いろんな面白いモノ」だった。
小島監督が見た映画を見て、聞いた音楽を聴いて、読んだ本を読んでいた。

じゃあ、次は、そう、ポッドキャストだった。

僕は上京してなんやらかんやらやりたいと思っていたので、その予行練習として
おなじメタルギア、小島好きの友達とポッドキャストを初めて普段のフラストレーションをお話として昇華していました。


それがまあまさかこんな事になるとは。
まだまだポッドキャストやってます。いつか役者として、ポッドキャスターとして、ヒデラジに出る・・・
いやあ小島監督に会えたらうれしいなあ。なんて。


今、iTunesからもうヒデラジは聞けない。切ないもんだね。


DEATH STRANDING
デスストランディング!楽しみです


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